彼は首を傾ける癖がある。 読書をしていて、話していて、そこに休憩を挿むように、こと、と僅かに首を傾ける。そうすると、普段肩上で揃えられている髪が少し流れて、彼の真白な首を光の下へ晒し出す。わたしはその動作に少し恐怖を覚えていた。 一瞬だけ、……ともすれば恐怖したことさえ忘れてしまうほどの短いあい間なのだが、確かにわたしは恐怖していた。 彼はきまって、その癖を見せる時は眠るように瞼を閉じる。その首根を伐られるのを静かに待つように。わたしはいつも息を止めるようにしてそれが終わる瞬間を見届けた。 「きょうは随分と熱っぽい視線をくれるんだね。」 そう彼が呟いたことでわたしはいつもより彼の首を凝らして見ていたことに気がついた。彼はわたしが、自分の癖を凝視することを知っている。いつも何も口にしない彼がそんなふうに言ったので、わたしが食い入るように視てしまっていたことは、おそらく事実なのだろう。
──転寝のさなかに奇妙な夢を見た。 わたしはだれかの首を落とす場面に立ち会っていた。そのだれかの目の前に座り、わたしは彼の癖を凝視める時のようにしていた。月の光に照らされたそのひとは、とても艶かしく見えた。 光が閃いて、瞬きの間のあとの鈍い音と、飛沫を浴びてわたしは目を覚ました。顔に触れたが、夢の中のことなので実際になにも浴びた様子はなかった。 そうしてわたしは彼との逢瀬に出かけるのである。
昨日と変わったことが一つだけあった。彼があの白くすべらかだった首を怪我していたのである。薬を服んだというが、効きが浅く痛むのだそうだ。何故、とわたしは問うた。すると彼は白く伸びやかな枝を思わせる指をひとつわたしに指して言った。 「君、夢を見たろう。」 そしてその枝は彼の唇へと向かった。 「あれは、僕だよ。君、あの夢で僕の血を浴びたね。」 それだけのことだと彼は続けた。わたしは何か言おうとして彼へ向いたのだが、もうその瞳は手にした書籍へとうつってしまっていた。