「ねえ。あの男のこと、どう思う? 何か好きだと思えるところ、ひとつでもある?」  ある日の昼下がり、俺はそんな問いを受けた。

俺には「妹」がいる。しかし妹といっても俺たちは生き物ではないので、女の胎を通ってきたわけではなく、同一の人間に生み出された作品、という意味でのきょうだいだ。作者は男性であるため、母親は居ない。強いて言えば、この“身体”を構成するもの――俺は絵画なので、この場合は絵具になるのであろう――が、そう呼ぶべきものかもしれない。もちろん妹も絵画のひとつであるが、そんな彼女が冒頭の質問を投げてきたのである。  あの男というのは、妹や俺やきょうだいたちを今居るこの場所に連れてきた張本人であり、父と引き離した者であり――妹は父をとても好いていたため、男の存在は好ましいものではないだろう。日々男の態度が気に食わないだの表情が気に食わないだのと怒りを見せる妹に、俺も何も思わないわけではなかった。  妹は男の留守を狙って、俺や妹(先の妹から見れば姉ということになる)、弟、一番古株であった“景色”にも同様の質問をした。答えはひとつだ。下の妹以外は、とうの昔に自身が何たるかを知っている。しかし彼女にはそれを明かさないようにしていた。聡明な彼女に男の真意を悟らないよう振る舞うことに努めた。 「そんなものは一つもない。けれど、今となってはどうでもいい」

男は父の友人であり、父は我が子を守るために男に俺たちを預けていることを、俺は男の口から聞いている。どうやら父は男の名で俺やきょうだいたちを世に送り出していたらしく、それが何か法に触れるだの世間体がどうのということで俺たちを(壊されたり燃やされたりをされないように)隔離しているそうなのだ。  男も世間ではそこそこ名の通る画家らしいのだが、……詰まる所、自分で絵を描かず、俺たちの父、それに限らず他の者が、男の名を使って自身の作品を発表しているに過ぎず――名義を貸しているだけの、何者でもない男。それが俺の知る、父の友人たる男の正体だ。俺が知っていることは景色も知っているが、下の妹は当然、上の妹も男の正体は知らないようだった。  俺はもう一つ、下の妹に黙っていることがある。俺たちや景色の正体についてだ。俺たちはみな、所謂“贋作”といわれる類いのもので、どこかにはもとになった真作が存在する。それを妹は知らないままだ。知らないままでいさせたかった。しかし、足のない俺たちは、知らぬ方が幸せだと、黙って去ることができない。諭すことはできても、妹がそれを良しとしなければ―― 「聞きたいことがあるの、兄さん」  鈴が鳴る。続いた音に、首に縄の掛かる心地がした。